「奥様の実家の、雨占(あめうら)翠爵家に気をつかってるんだよ。もっとも奥様の方でも、集井中将をいろいろ利用してるところがあるんだけどね」

黛さんは湯呑を手に持ったまま、窓の外にぼんやりした視線を向けながら言った。わたしは、集井中将のことならあれこれ聞いてもかまわないだろうと思い、さらに尋ねた。

「失敗をうまくごまかしたっていうのは、なにがあったんですか?」

「たとえば十年ぐらい前、まだできたばかりのフルグナの東部で、スビックっていう国が独立したことがあったでしょ。集井中将はそのスビックの新政府に、海軍の顧問として派遣されたんだよ」

スビックという国の名前は、わたしも知っていた。はじめてその名前を聞いたとき、新発売のスナック菓子かと思ったので、よく覚えている。雉斉はたしか、この国を支援していたのだった。

「集井中将は、海軍大学校での成績はすごくよかったんだけど、戦争がどういうものか、全然わからない人なんだよ。政治がわからないとか、国家観がないって言う人もいてね。それで、集井中将が訓練して指揮したスビックの艦隊は、フルグナとの海戦で全滅してしまって、スビックは結局、フルグナに併合されたんだよ。

でも集井中将はそれを、彼らは誇り高く、立派な武人精神をもって戦った、負けて滅びたとはいえ、見事な最期だった、戦争には勝ち負けより大切なものがある、みたいな美談に仕立てて、自分がきちんと勝てる作戦を立てなかったことを、ごまかしたんだよ。例の『告壇』も、その美談を大々的に書き立ててさ」

また出た、『告壇』……。