輸液交換の度に看護師は、小さな紙のメジャーを使って慎重に体表に出ているカテーテルの長さを計っていく。カテーテルの先が中心静脈に届いているかどうかの確認である。

深夜、カテーテルの刺入部位が少々痛んだ。夜勤の看護師が丁寧に冷やしてくれた。その親切さに感謝しつつも、本来なら今夜は自宅のベッドで夢を見ているはず。

一昨日、日出夫の嫁の美佐子が車で送ってくれ、病院の玄関で、それじゃ行ってくるよ、と気軽に手を振って別れた二泊三日の検査入院とは想定もしていなかった事態に、今更ながらの繰り言をいう君を、【知ってる佛】は

『まあ、気持ちは分かるけど、明日に向かって頑張りなさい』と言い聞かせながら、夢路につかせた。

明けて三月二十日

菩提寺のご住職さんの奥方に君は電話を入れた。同病のよしみと言っては失礼だが、正月のご挨拶に伺った時に、去年、A病院で結腸癌の手術を受けられたことを聞いていたからだ。

「あらまーそれは大変。でも真坂さんなら大丈夫。頑張ってください。歩けるようになったら屋上庭園で日光浴を楽しんでくださーい」

COVID19(当時は武漢ウィールスといった)が猛威を振るい始め、経済・社会活動の停滞が深刻になり始めた最中、個人的問題で心配をかけたくないと、周囲に対して厳しく緘口令を敷いていたが、初めて第三者に病状を開示したことで、君は抱えていた荷物がちょっと軽くなったような気分がした。

【前回の記事を読む】二度目の癌手術、どんなに不安感情を払拭しようとも「知ってる佛」は望んだ返答を返してはくれない

 

【イチオシ記事】配達票にサインすると、彼女は思案するように僕の顔を見つめ「じゃあ寄ってく?」と…

【注目記事】長い階段を転げ落ち、亡くなっていた。誰にも気づかれないまま、おじさんの身体には朝まで雪が降り積もり…