第三章  白川郷の秘密

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そうして高山に戻るバスの中で篠原は伊島と出会ったのだった。まるで、塩硝生産の代わりになる記事を、天が手配してくれたような幸運だと、篠原は勝手に思った。

篠原は、緑川が支局にいれば、陸軍中野学校の元スパイ、伊島のことを書いてみたいと相談するつもりだった。しかし支局に着いてみると緑川はもう北アルプスへ出発したあとで、その話は緑川が戻ってくる二週間後まで、お預け、ということになった。

しかしその二週間、篠原はG大学の馬地教授と会って、塩硝資料の科学的な裏付けを取ったり、いつもの自分の仕事である市役所や警察などを回って取材して、けっこう充実した二週間を過ごしたと思っていた。

そしてようやく、すっかり日が落ちた頃に、緑川が支局に戻って来た。

「久しぶりの山だったから、楽しかったよ。みんな小池さんと篠原君のおかげだ。やっぱり有能なメンバーがいてくれると、楽させてもらえて、どえらい助かるさあ」

ご機嫌だった。そして留守中の連絡事項を小池さんが伝え終わったあと、篠原は緑川に高山行きのバスで会った伊島の話をしてみた。すると、緑川の表情が少し変わった。

「いつ? いつのことだって?」

「二週間前、高山に戻ってくるバスで、乗り合わせたんです」

「それで、君は、今までずっとここにいたのか?」

初めて見た緑川の不機嫌な様子だった。