八事の町は、地下鉄ができてさらに大きく変貌する。小さな個人商店が淘汰され、大型のファッションビルが乱立した。スズランの形をしたランプ調のお洒落な街灯が設けられ、歩道は美しい煉瓦敷きに変わった。八事は美観を装う町に再開発されていった。

三年生の夏休み、高橋が僕に尋ねた。

「お前、大学はどうする?」

「まだ、はっきり決めてないけど、遠くに行きたい。東京でもいいと思っている」

早く八事の町から逃げ出したかった。この町を出れば何かが変わると思った。

「高橋は北海道だろ」

「ああ」

高橋は国際弁護士を目指し、北海道大学の法学部を目指していた。

「なあ。お前も北大受けないか?」唐突に切り出された。

北海道大学は、開校当初の外国人教育者と、等間隔に律儀に立ち並ぶポプラ並木くらいしか思い浮かばなかった。ただ偏差値は高いことは知っている。今の自分では、とても学力が足りない。

「北海道で一緒に住まないか?」

音楽を失い漠然と日々を過ごしていた僕には、北の大地での高橋との大学生活は思いがけない魅力的な提案だった。

「悪くないな」

まだ受験まで半年ある、頑張れば手が届く範疇かもしれない。高橋は将来の夢のために、僕はこの町の呪縛から逃れるために、北海道を受験の地に選んだ。高橋とシェアする生活を想像した時、ふっと両親の顔が浮かんだ。

北海道大学を受験したいと伝えた夜、おふくろはあからさまに動揺しておやじの顔を見た。

「そうか。頑張りなさい」

おやじは読んでいた新聞を閉じ一言だけそう言った。でも、淋しかったに違いない。僕は一人息子だ。その僕が親元を離れようとしている。この家から通える同じランクの大学は近くにもあると言うのに。

「就職はどうするの?  こっちで考えてくれるの?」

おふくろの問いかけに僕は笑いながら答える。

「まだ大学も受かってないのに、就職の話なんて早すぎるよ」