それぞれの苦悩

由布子は突然大粒の涙を流し始めた。声を出すまいと肩を震わせてこらえている。

「別に、良いんだけどね、母さんも楽しそうだし、父さんの仕事も面白そうだし……」

由布子はしゃくりあげながら、自分に腹を立てていた。田舎に来てみて、父さんが帰ってきたわけが分かった気がした。

農業はかっこいい仕事だなんて今までは思わなかったけど。父さんが作った有機野菜は都会のデパートや生協と年間で契約している。野菜がダンボールに詰められて、カラフルな野菜の絵が描かれた冷蔵トラックに詰まれたときは、うきうきするくらい誇らしかった。

ここにいる方が父さんらしい。それが分かった。もうもとには戻れないのだ。

車の助手席に乗って空を見ていたら今までのことをいっぱい思い出した。ひたちなかの公園、千葉の花街道、伊豆の海、毎週末、スーパーの駐車場に入れて買い物したことまで。なんとも思わないで続いていたことが、みんなもう思い出になってしまった。

涙があとからあとからあふれてくる。父さんを困らせてしまった。ごめんなさい、こんなつもりではなかったのに。

駅が近づいてきた。孝介はブレーキをかけて車を静かに止めた。

「悪かったな、大人の勝手で、由布子に辛い目にあわせた」

父さんの苦しそうな声が由布子を更に打ちのめした。

「泣き顔で列車には乗れまい。このサングラスをかけていけ」

父さんのサングラスは細くてちょっと尖った形だった。

「似合うぞ。ゴルフの女子プロみたいだ」

バックミラーをこちらに向けて鏡を覗くと、由布子ではない女がいた。

「高校生には見えないから、列車の中では気をつけろ」由布子は、初めて笑った。

「夏休みにまた来る。このサングラスかけて」

「ああ、待ってるぞ。ずっと来て、父さんを手伝ってくれ」

「うん、ビラッジの手伝いね」

「ハハハ、もちろん、それでいいよ」孝介も初めて笑った。

由布子は一つ息をしてから、駅に向かった。