「千葉さんが、ほかのお店・・・、よく行く場所とかって知ってます?」

ほかの常連さんたちにそれとなく聞いてみた。

「千葉ちゃんは駅前のジムに行ってるよ、プールに入りにね」

ジムとは意外だったが、とにかく少しでも家出したオヤジの手がかりを掴みたい一心で、その日の営業終わりに、そのジムに行ってみた。

スタッフの人に千葉さんの特徴を話し、最近見たかどうかを聞いてみた。するといつも来る日に現れなかったという。

もしかして、オヤジと一緒に家出をしたのか? いや、でも70歳を迎えようとしている男二人が仲良く一緒に家出なんてするだろうか。

悩ましい表情を浮かべていると、そのスタッフの女性は「いつも一緒に来る方が今日いらしているので聞いてみたらどうですか?」と丁寧に教えてくれた。楠木さんという千葉さんと同年代の男性だ。

「最近急に付き合いが悪くなってねぇ、何かと理由を付けてずっと家から出てこないんだよね」

いよいよ訳が分からない。オヤジは千葉さんの自宅に入り浸っているのだろうか。楠木さんは、千葉さんの自宅に何度か行ったことがあるという。聞きたいことがあると事情を話すと、「それなら一緒に行ってみよう」と千葉さんの自宅に連れて行ってくれた。

千葉さんはオレの顔を見るなり、バツが悪そうな顔をした。まるで「ついに見つかってしまったか・・・」と観念する犯罪者のように。

こちらも「ついに見つけた指名手配犯を確保!」と意気込む警察官のような気持ちになり、とても気まずい空気を感じた。

楠木さんが何も気にすることなく、「どうしたっていうんだよ、何かあったの?」と聞いても、千葉さんは苦笑いしながらその質問をなんとなくかわしている。

「とりあえず、中入ってよ」

話す内容を整理することに脳みそが総動員されているためか、まるでうわ言のような小声だった。どうやらここにはオヤジは居ないようだ。しばらくして千葉さんはボソボソと話し出した。

「実はさ、前に(陵ちゃんの)オヤジさんと飲んでる時にさ、オヤジさんね、『旅に出ようかと思っているんだよね』って言ってたんだよね。半分冗談だろうと思って聞いてたからさ、『ずっと店で働き詰めだったもんね、いいんじゃない』って、軽い感じで言ったんだ。

そしたらさ、『結構長い期間をかけて、いろんなところに行ってみたいなぁって思ってるんだよ』って・・・。なんだか遠い目をしながら言うんだよね。でもさ、そうは言ってもそんなに本気で考えてるとはさすがに思わなかったんだよ、そしたら・・・」

そしたらしばらくして、うちのオヤジが家出したという「怪情報」が回覧板のように千葉さんのもとに巡ってきたというわけだ。

【前回の記事を読む】「そろそろ独り立ちしてもいい頃かもな」オヤジの引退宣言から4年、ついに伝えられた言葉。

次回更新は9月26日(木)、11時の予定です。

 

【イチオシ記事】配達票にサインすると、彼女は思案するように僕の顔を見つめ「じゃあ寄ってく?」と…

【注目記事】長い階段を転げ落ち、亡くなっていた。誰にも気づかれないまま、おじさんの身体には朝まで雪が降り積もり…