第4章(最終章)-オヤジのチャーハン-
「ちょっとタバコ買ってくるわ」
そう言ったまま、その日、オヤジは戻って来なかった。携帯は居間のテーブルに置かれたまま。
当然ながら、母親とオレは慌てた。何か事件に巻き込まれたのではないか・・・。
なぜなら、ただ「タバコを買いに行った」だけのはずだったのだから。当人と連絡を取りようがないため、警察に相談した結果、捜索願を出すことになり、連絡を待つことになった。
しかし、このオヤジの「失踪」は、計画的なものであることに翌日になって母が気付いた。オヤジの下着や衣類が少しずつ無くなっていたからだ。
これは「家出」と言った方が適切なのだろう、おそらく。
しかし、理由が、動機が、全く分からない。
オヤジがオレに「そろそろ独り立ちするか」と晩酌をしながら話してくれたあの日から、およそ2カ月が経っていた。
まったく理由の分からないオヤジの家出に、母親は泣き喚き、怒りに身を任せていた。近所のお母さん方がかわるがわるそんな母親を落ち着かせるため、家を訪れる日が数日続いた。
その間、オレは店の主として厨房に立たないわけにもいかず、そわそわしながらもいつものように仕事をしていた。
「オヤジさん、一体どこに行っちゃったんだろうね・・・。ホントに家出なのかい?」
いつもの常連さんたちはそう心配してくれ、各々方々にサグリを入れてくれた。持つべきものは常連さんだ。みな、オヤジのことを心から心配してくれている。
数日営業を続けていて、気が付いたことがあった。いつもの常連さんたちがいつものように来てくれているなか、一人だけ見かけていない常連のおじさんがいるということに・・・。
千葉さんは週に1回はかならず来る常連さんだ。「レバニラ」と「アジフライ」を頼み、瓶ビールでほかの常連さんたちと他愛もない話をするというのが彼のルーティンである。そのルーティンの木曜日、千葉さんは来ていなかった。
オヤジが家出をした日から一週間が経っていた。