「そして、こうして帰ってきました」

藤井奈々子さんが言った。表情は俯いてぼそっと静かな声で言葉を並べた。

「えっ?」私は思わず、声に出した。

「藤井さん、ねえあなたおいくつ?」

お母さんが言った

「私は石崎康子、旧姓は橋本。だから橋本康子よ。あなたは……」

私もたまらず口にする。

「藤井さん、もしかして……」

「藤井さん、ねえあなたおいくつなの?」

「五十二歳です」

「私のふたつ上ね」

藤井奈々子さんは目を赤く充血させていた。視線は滲む。何かの感情を押し殺しているかのようだ。

「そして、橋本日向子がもし生きていたら五十二歳よね」しばらく間があった。

私は言う。

「藤井さん! もしかして日向子さん?」

「日向子なの?」

お母さんが同じ問いかけを静かにした。 藤井奈々子さんはテーブルに視線を落とす。涙が一粒テーブルの上に落ちた。

「いいえ、私は日向子さんではありません。あんまりお話に感動したものだからつい……」

私は半信半疑だった。もしかしたら、と考えてしまう。 少し間をおいて、藤井奈々子さんはこう言った。

「まだ少し続きがありますので」

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次回更新は9月25日(水)、11時の予定です。

 

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