亜希子が看護師になって三年目の夏。
百年に一度の異常気象と言われていたあの時期は、まだ七月の終わりだというのに、埼玉の熊谷でもなければ群馬の舘林でもない、この二十三区内で観測史上稀に見る四十度近い気温がもう三度も観測されていた。
いくら快適に管理されているとはいっても、終夜冷房に晒された身体は何処か気怠かった。普段なら、身体を引きずるようにして迎える夜勤明けの朝であるのに、その日は、何処か別の印象を亜希子に与えていた。
悟とカフェで待合せをしていたその日は、亜希子の二十五回目の誕生日だった。
「何処に行こうか? 迎えに行くよ」
まだ朝の五時だというのに、悟からはそんなメッセージが届いていた。
亜希子はナースステーションでの申し送りを終わらせて、病棟内を確認しながらエレベーターホールへと向かった。窓の外を見ると空一面に重く垂れこめた黒い雲のせいで、今がまだ夜明け前であるかのように感じられた。
ふと、亜希子の目に飛び込んできたのは、モノクロームの世界に深紅の花びらが舞い散る息を呑むほどに美しいシーンだった。
その映画のワンシーンのような映像は、デイルームの百インチは越えるテレビに映し出されたものだった。そこには朝食に集まった患者たちが口々に奏でる不協和音が、まるでBGMであるかのように添えられていた。
その映像にハッとした亜希子は思わず足を止め、画面を食い入るように見た。朝六時台終盤のニュースでいつも映し出されるその交差点は、亜希子が勤務する病院から車で五分くらいのところにあった。
【前回の記事を読む】堪らず見開いた視界に、亜希子が先ほどまで身体を預け快楽を貪りあっていた男はいなかった…