第五章 思い出
そう声に出して言いかけて、漠然とした思いがそれを聞くことを躊躇わせた。あの日、気が付くと二人はいつも一緒にいた。
あの日、亜希子が『これは面白い!』と思うと、悟もすぐ隣で笑っていた。
あの日『う~ん』と考え込む亜希子がふと顔を上げると、そこには同じように考え込んでいる悟がいて、亜希子は『嘘っ!』と目を見張るのだった。
悟が考え込んでいるのは、まさか亜希子と同じ疑問だろうか。
亜希子の血の滲むような努力は、皮肉なことにその周囲から趣味嗜好の合う者を奪っていた。同じ年の頃の子どもに亜希子と話の合う者は居なかったし、亜希子と対等な話を楽しんでくれるような大人もいなかった。そんな矢先に現れた悟は、唯一『コイツ、何者?』と亜希子に思わせる存在だった。
それが繰り返される毎日に、二人はお互いに目を見合わせるだけで、言いたいことが解るようになっていった。そんな二人は他の誰と話すよりも多くの時間を、より深い考察とで、その人生を交差させて行った。
亜希子は悟から数えきれないほど、多くのことを学んだ。亜希子は勉強が好きなわけではなかった。重い鎧を着ながらの苦しいばかりの勉強だった。
それが実はとても楽しいものだと、導いてくれたのも悟だった。悟は驚くほど物知りだった。英単語や数式の成り立ちの話ではそれが面白いように記憶に馴染むのだから、亜希子はいつの間にか暗記カードの類を持ち歩かなくなっていた。