「え! どうしたの? 何があったの?」
そこには、ずぶ濡れで真っ青の顔をした夫が壁にもたれかかっていた。顔は痛みで歪んでいた。
「こけた……、肋骨を打って……、息ができない」
雨で濡れた駅のプラットホームで義足側の足を滑らせた夫は転倒したらしい。持っていた傘が胸の下に入り込み肋骨を強打したと言うのだ。大粒の雨が打ちつける中、足下がふらふらで痛みに耐えていた顔をしていた。痛いともまともに言えない、呂律が回らない夫を支えて連れて帰った。
後日、整形外科で肋骨を骨折していたと診断された。私は、ただただ、マイケルに腹が立っていた。
夫を一人で外出させること自体が問題ではないか。何をやっても本当にうまくいかない。まだ三十代の夫。何もしなくて生きていくだけでいいのか。もう家族だけでは解決できない。
私は行ってほしいと思っているB型支援施設だったが、家族会に行けば、私にB型支援施設を勧められると思ったのか、行きたくないと言ってきかなかった。困り果てたとき、脳神経外科の黒木先生から、言語聴覚士のリハビリを勧められた。
マイケルVS言語聴覚士
マイケルの苦手な相手を見つけた。マイケルは、言語聴覚士の上田先生が苦手なようだ。女性の上田先生は、ビシバシと、はっきりと物を言う私の大好きなタイプで竹を割ったような先生だった。
上田先生とのリハビリでは、マイケルが全く現れない。私にとっては、とても安心できる時間だったし、上田先生のおかげで、ちょっと上から目線で話ができた。コレって虎の威を借る狐かな。
「一か月に一回のリハビリなので、一か月間に起こったことをノートに書いてきてください」
マイケル出現記録と言いながら、マイケルが出てきた悪口ノートを見て、上田先生と夫が話をして、夫にそのことを自覚してもらい予防するというものだった。上田先生がノートを見ながら夫に話しかけた。
「このノートを見てどう思いますか?」
「こんなことがあったんだぁ、って感じです。このことは知らないので、第三者として、起こっていることを上の方から見ているようです」
私がマイケルと言っているだけあって、このノートを見た夫は、とても他人事だった。
【前回の記事を読む】「以前はこんなことはなかったのに... 私たちが繁華街を歩くように、夫は繁華街を歩くことが出来ない
次回更新は9月7日(土)、22時の予定です。