第五章 話し合い
高次脳機能障害の症状とプライド
資格取得のための申し込みをするため、夫が一人で教室に出かけたときのこと。
「ルルルルル……ルルルルル……ツーツー」
夫に電話をしても電話がつながらない。まだまだ、本調子ではない夫が大丈夫かと、私は何度も何度も電話をしていた。
「全然つながらないじゃん。何かあったかな……」
以前にも同じことがあったので、夫のスマホに仕掛けをしていた。息子が小学生の頃、携帯に入れていた「位置情報アプリ」を夫のスマホに入れていたのだった。
GPSで夫の居場所を追跡すると……。繁華街と大通りを行ったり来たり、アクセスするたびに往復していた。何度かアクセスすると、そのたびに位置が変わっている。よく見ると、同じ通りを行ったり来たり……。
「これはまずいな……、マイケルだったら足が痛いことに気づいていないかも」
「ルルルルル……ルルルルル……ツーツー」
一歩間違えばストーカーだな、と思いながら、電話を何度もかける。十回以上電話をかけ直した時、やっとつながった。電話口に出たのは、呂律が回らないマイケルだった。
マイケルなので、いろんなことが理解できていない。
「家に帰れる?」
「家がわからないんだよ」
「そこから手を上げて、タクシーに乗って帰ってきて」
「いやだ……歩いて帰るかららいりょうぶ…※■☆★…」
「それだけ呂律が回らないなら、歩いて帰れないでしょ。タクシーで帰ればいいじゃない」
「お金がないから……」
「え? 三千円渡したよね。全部お金を使ったの?」
「昼ご飯で全部使った」
「三千円も? なんでそんなに使ったの?」
「何食べたか覚えてない」
「もういいよ。お金は私が払うから、タクシーを止めて、タクシーで帰って」
「いや……」
「いや……じゃないでしょ。ずっと歩いているから義足側の足も痛いでしょ」
「……家の住所がわからないんだよ、タクシーの運転手に家の場所が言えない」
「え!? 住所が言えないの? 一体どうなっているの? 本当に?」
こんなことってあるんだと動揺した。
「冷静になれ。冷静になれ」
自分に言い聞かせながら、荒げていた声を、マイケルに言い聞かせるように優しい声にして話しかけた。