アリサの父親は祖父の兄とリカルテ将軍の写真を見せてくれた。白黒のセピア色に褪せた写真だったが、そこには母国の独立を夢見る二人の瞳が力強く輝いていた。

「やがてアメリカから10万人の大軍がフィリピンにやってきます。その司令官はアーサー・マッカーサー。副官のダグラス・マッカーサーはその息子、ご存じでしょう。後の日本統治のGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)司令官です。そしてアメリカはフィリピン併合を宣言しました。

抵抗するフィリピンの独立を夢見る志士たちとアメリカとの戦争では、アメリカは残虐の限りを尽くし、反抗するフィリピン人およそ60万人が虐殺されました。

“Kill everyone over ten(10歳以上は皆殺しにせよ)”、これは当時のアメリカ軍の合言葉です。

新聞や雑誌の風刺画にも載っています。結局スペインがアメリカに変わっただけで、彼らがやることは同じでした。当時のわたしたちは、白人からすれば人間ではなかったのです。

アーサー・マッカーサーは、独立を諦めアメリカに忠誠を誓えば身の安全と生活を保障するという懐柔策を弄し、独立の志士たちは目の前の現実に屈していきます。

屈しなかったリカルテ将軍と祖父の兄たちは、グアム島へ流刑されます。今でこそ観光地のグアムですが、当時はマラリアやコレラがはびこる地獄の島でした。

密かに脱出し、祖国へ潜入したリカルテは再び独立のための蜂起を試みますが、アメリカ官憲に捕まり、投獄されます。辛い監獄生活で何度もアメリカ合衆国に対する忠誠宣誓書に署名を迫られるも、リカルテはNO!を貫き、やがて国外追放されました。

彼が辿り着いたのは、香港近くのラマ島という無人島でした。そこにはリカルテの勇名を知る中国やインド、アジア諸国の独立運動の志士たちが集まってきました。彼が生涯愛し続けた恋人アゲタ・エステバンも彼を追ってこの島にやってきて、彼を支え続けました。