雄一の勤務する北海道庁舎では毎年家族同伴で行われる慰安旅行があるが、今年は恒例の定山渓(じょうざんけい)から近場の温泉宿に場所を移した。

低予算を意識してか家族をともなっての参加者は少なく、同じ年頃の遊び相手もいない亜美は大広間の隅にポツンと座っていたが、やがてすっかり飽きて外へ出た。

宿の敷地は広く、手前は駐車場、裏手は緩(ゆる)い土手になっており、その下には空き地が広がっていた。土手を下りてみると小さな白い花が一面に咲いている。

生まれて初めて見るこの儚(はかな)げな花の名を亜美は知らない。

歌い終わった雄一が顔色を変えて姿の見えなくなった娘を探しにくるまで、亜美は誰もいない空き地の風の中にたたずんでいた。

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「これマニュアル車か」

「どーだ、驚いたか」

「ちーっ、アホか、自慢してやんの」

温泉宿の駐車場に乗り入れた大型のダンプカーに日焼けした若い男が二人乗っている。

「でも仕事中にいいのかよ」

「バレッこねぇって」

「国道沿いだぞ、停めてたらヤバくね?」

「この下、空き地なんだ」

「バカ、あれ花畑だろ」

「じゃあ坂に停めときゃいいさ」

大きなダンプカーを土手に停めて運転手と連れの男が宿に向かって歩いていく。入浴してさっぱりするつもりか首には白いタオルが掛かっている。

しかももう酒が入ってほろ酔いだ、飲酒運転とはとんでもない。

§

「ここにいたのか亜美」

空き地に娘の姿を見つけた雄一はほっと胸をなで下ろした。

病を患(わずら)っていた雄一の妻、亜矢は、その命を亜美の出生と引き換えにした。

生まれ落ちた赤ん坊を男手一つで育ててきた九年の歳月は短くなかった。新生児から乳児、トコトコ歩き出した一歳の頃、欠かさず送り迎えした保育園、そしてようやく小学校入学。

働きながら男盛りの三十代を再婚も考えずに過ごしてきた雄一にとって、亜美はかけがえのない宝であり、亡き妻亜矢の大事な忘れ形見だった。