お祖父ちゃんの案で、歩いて行ける熊野神社に行くことになった。川崎大師に行く人が多いけど、これから行くと由美が眠くなるから近所の神社の方がいい。お祖父ちゃんは、「あんまり人が多い所よりも近所の人が来るような所の方が、神様はよく面倒を見てくれるんだ。何万人も押し寄せたら神様に顔も覚えてもらえねえだろう」と真面目な顔して由美に言った。どこかのお寺の除夜の鐘が聞こえ始めた。

「ほうら、お寺さんもお祖父ちゃんの言うことが正しいと言ってる」

お祖父ちゃんは昨日から今日にかけてたくさん面白いことを言ってみんなを笑わせた。でも僕には面白くても由美には通じないこともある。近所の神社の話に由美は素直にうなずいていた。

みんな厚着をして階段を下りるとき、お祖父ちゃんは新聞配達の人を気遣って「静かに下りてやれ」と言うから由美まで忍び足で階段を下りた。通りには車もなくて街中がひっそりとしていた。おばあちゃんとお祖父ちゃんが前になって、その後ろを由美がいつものように千恵姉ちゃんにぶら下がるようにして歩き、僕と昭二兄ちゃんはつかず離れずついていった。

「由美ちゃんは神様に何をお願いするの?」

「ピアノ。ピアノがうまく弾けるようにお願いしますって。お姉ちゃんは?」「みんなで楽しく暮らせますようにって」

由美はフフッと笑ってから振り返って、「お兄ちゃんは何をお願いするの」と訊いてきた。

考えていなかった。すぐには答えられなかった。お願いしなくてはいけないことなんて思い付かなかった。

「今考えてる」

「早く決めないと着いちゃうよ。昭二兄ちゃんは?」

「……うーん、やっぱり正社員になれるようにっていうことかな」昭二兄ちゃんはゆっくり考えてから真面目に答えると、千恵姉ちゃんが振り返って言った。

「今年はかなうんじゃない?」

お兄ちゃんは派遣で働いている。由美はお姉ちゃんから手を離してお祖父ちゃんたちの所へ走り寄って同じことを訊いている。ばたばた戻ってきて、「おばあちゃんは足がよくなるようにで、お祖父ちゃんはみんなが健康に過ごせるようにと、お店が儲(もう)かるようにだって。お兄ちゃんだけ決まっていなーい」

暗くて静かで風がないけど足元から冷えてくる。街の中には僕たち六人しか起きていないみたいに静かだった。

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