第一章 強腕・藤原百川の策略

彼女の性格について『水鏡』にはこんな面白い話が載っています。

あるとき光仁帝と、皇后が双六で博奕(ばくえき)をされました。

「勝った者にはそれぞれ褒美に、若いお相手を与えるというのはどうじゃな」と光仁帝が持ちかけると、「それはよろしゅうございます、今の一言決して違(たが)えますな」と皇后きりっとした口調で答え、結果、皇后が勝ったので、「さあ、約束の賭物(かけもの)をいただきましょうか」と迫りますが、光仁帝は「それは冗談(てんごう)ぞ、そんなことを本気にする者がいるか」と皇后の不心得を諫(いさ)めると、彼女は段々と本気の形相を表してきました。

「何をお言いじゃ! それは卑怯と申すもの。賭け事をして、いざご自分が負ければ代物を払わぬとは、貴方には睾丸(ふぐり)というものがあるのですか。とにかくお約束の盛(さか)りなる男子(おのこ)をくださりませ」と、肩を怒らし責めるような口調で息巻くものですから、光仁帝は困って、ぬらり、クラリしていると、気の強い皇后は、

「それで約束を破る天皇と知れば、国中の民は皆、あなたのもとを離れるでしょう」

と声高に約束を迫ってくるので、帝はほとほと弱り果て、百川に泣きつくと、「それでは、山部親王を后に奉(まつ)り給え、私にも、いささか思うところがありますから」と百川は進言しました。

「戯言(ざれごと)を申すでない……何ということを。山部は余が新笠に産ませた子なるぞ、なるほど后とは血の繋がりはないと申せ義理の母と子ではないか」

山部親王は高野新笠の子なので、義母子の皇后とは血縁はなく単なる年の離れた男と女に過ぎません。我が子を妻に遣わすとは冗談にもほどがあると思いましたが、連日、皇后からは矢の催促。