ところが、お昼になっても対立候補の渋谷議長からの届出がない。我が陣営も皆、そわそわして落ち着かない状態のまま。
「渋谷さんはどうしたんですかね」
私も葛西会長も、事務所内をウロウロと歩き回るしかなかった。結局、夕方になっても選挙管理委員会には渋谷議長陣営からは誰も来ないし顔も出さない。私の選挙事務所の中は皆モヤモヤとしてただただ時間が過ぎていくのを待っていた。
日もそろそろ暮れ始めようかという時間に、私の選挙事務所に電話が入った。選挙管理委員会からの電話だった。
「はい、わかりました。ありがとうございました」笑顔の葛西会長が電話に応答し、頭の上で大きな丸を作った。
「無投票当選だってよ」葛西会長が大声で叫ぶ。
「やったあー」事務所の中に大歓声が湧き上がり拍手の渦になる。あちこちでバンザイの声が聞こえてくる。結局、立候補の届出をしたのは私だけ。私が正真正銘の日野多摩村「村長」になったのだ。
もう「影武者」ではない。
「バンザーイ、バンザーイ」
選挙事務所の前で日本酒の大きな樽が開けられ、皆さんに桝酒をふるまった。まるで村祭りのような大騒ぎとなり、笑顔の支援者が続々と集まってきた。あちこちから笑い声が聞こえ、握手し肩を叩き合い祝福していた。
ついに私は本物の「村長」に。天国の兄も喜んでくれているだろう。人生はどう転ぶのかわからない。つい先日まではフリーターだったのだ。
「結局、何があったのよ。選挙戦になれば面白かったのに」
並んで立っていた姉は不思議そうに話しかけてきた。全く無責任な姉である。私も無投票当選確定のときには、何が起きたのか、さっぱりわからなかった。
後日聞いた話によると、どうやら対立候補の渋谷議長陣営で想定外のことが起きたらしい。
【前回の記事を読む】道半ばで涙を飲んだ兄のためにも次は「本当の村長」となって村のために働こう。私は、そう腹を決めた…。