お豆腐ください
一
出発する前日の夜、
「どんなにイヤなことがあっても我慢するんだよ。もし、悲しくなったり辛くなったら、夜空を見上げて、お月様にお祈りしなさいね。お母さんだと思って。そうすれば、絶対乗り越えられるから。すぐ叶わないかもしれないけれど、きっと叶うから大丈夫。
お母さんも奈津のことを祈ってるからね」
お母さんは遠く離れて暮らす私のことを心配してくれていた。
秋田から一緒に来た同級生たちは大半が上野で電車を降りて東京や神奈川の会社に就職した。秋田から名古屋まで就職で来る人はほんの少しだった。名古屋まで来た人たちも、ほとんどが繊維関連の工場で働くみたい。なぜか私だけが「お豆腐屋さん」に就職する。でも、毎日お豆腐をいっぱい食べられそうだからいいことにした。
それにしてもお豆腐を考えた人はすごいと思う。だって、大豆が全く形の違うあんなに美味しいものになるなんて。ノーベル賞をあげてもいい。何賞かって。うーんと、ノーベル食品賞。そんな賞はないかな。
「お待たせ。ご飯ですよ」
奥さんがお鍋料理を作ってくれ、いい匂いが部屋いっぱいに広がった。食卓に家族がぞろぞろと集まってきたけれど、秋田のときとは様子が違う。皆さんおしゃべりをしないで黙って座っているのだ。礼儀正しいのか、それとも静かな人ばかりなのか。
「今日からウチで働いてもらう白石さんよ」奥さんが私を紹介してくれた。
「あの、白石奈津です。今日からお世話になります」ペコリと頭を下げた。