もっと早く気付けたらもっと早く売れたかもしれない。と、悔しさまでも露わにする。悪魔と契約したのは私であって彼女じゃない。
なのに、やる気を見せた途端にここまで変わるものなのか。私はこの人のことを誤解していたかもしれない。
「最近は神野さん、あまり自分語りしてこないわね」
「そう、でしたっけ?」
自覚はないのかと、彼女が苦笑する。
「あれだ、他に話を聞いてくれる男ができたから」
「え?」
「それで売れる小説が書けるなら、ナツメくん様様(さまさま)じゃない」
ナツメくんはむしろ私に自力で書くことを放棄させようとする男だが、話を聞いてくれる一面も確かに持っている。
「大事にしなさいよ。あんないい男、そうそういるものじゃないんだから」
言われなくても分かっている。悪魔なんてそうそう目の前に現れるものじゃない。
適当にでっちあげた悪魔の呼び名が馴染んできたある日、派遣の仕事から帰宅すると妹のみらいが待っていた。すんなり開いた玄関扉を不審に思っていたところに、中から彼女が飛び出してきたのだ。
「お姉ちゃん!」
ベースとなる目鼻立ちが似ていても、明るく素直な笑顔というやつはどうしたって可愛く見える。私はいったいどこで道を間違えたのだろう。
「何で……鍵は?」
「ナツメくんに入れてもらったの。彼、すっごい美形ね」
「ナツメくんに?」
それはちょっと、引っ掛かる。悪魔は私が不在の間、百パーセント居留守を使う。互いに面倒は御免だから、そこは信用していたはずなのに―。
「ちょっといい?」
靴も脱がずに立ち尽くしていた私の前に「ナツメくん」が現れる。彼は私を妹から引き離すように、直接腕を取って洗面所へ連れ込んだ。
「何でみらいがウチにいるの? 勝手なことしないでよ」
「ごめん」
悪魔は謝った。こちらが拍子抜けするほど素直に首を垂れていた。