これは母から何度も聞かされた話である。 姉が幼稚園児の頃、登園してまもなく、幼い姉の顔を見て驚いた先生がこう叫んだ。

「どうしたの!? ここ!!」

姉の頬に真っ赤な手のひらの跡がはっきり付いていたからだ。姉は「お父さんに叩かれた」と小さな声で答えたが、こんなに恥ずかしかったことはなかったと母は言っていた。

当時、幼稚園児の送迎は義務ではなかったので、どういう状況で母がその場にいたのかわからないが、父に叱られた後だったから送っていったのかもしれない。それにしても、手のひらの跡がくっきり残るということは、相当な力が入っていたことは想像できる。

姉は三人きょうだいの中でも一番おとなしい性格で、幼稚園児ということから考えても、普通の親であれば、少々のことでは手をあげたりしないはずである。そもそも、いかなる理由があろうと、大の大人が小さな子どもを力いっぱい叩くなど許されることではない。虐待が社会問題となっている現在であれば、ちょっとした騒ぎになっていてもおかしくない出来事である。

父は母親の溺愛で育ったせいか、何でも自分の思い通りにしようとしたし、気に入らないことがあるとすぐに腹を立てた。そして、それは相手が幼子であろうと、そんな事情は関係なかった。注意力が未発達であるがゆえに起きてしまう幼子の失敗も、父には我慢ならないことだったのだ。

父が子どもの顔をすぐ叩いてしまうので、母は「お尻叩いてー」といつも言っていたという。母に言わせると、父はカッとなると一番近くにある顔を思わず叩いてしまうのだとか。つまり、お尻は顔より遠くにあるので、お尻までいくその一瞬の間が待てないほど怒りが抑えられないということだ。