冬の訪れと卒業式
会社に行っても、仕事は手に付かなかった。私たちの仲人であり、奥様をがんで亡くされた元上司が座っている席に自然と足が向いていた。今直ぐにでも、誰かに胸の内を話したかった。
「実は、妻が乳がんを患ってしまって……」
「今日、午前中に病院に行って、検査したところ、ステージⅢの末期と言われました」
「この事態にどう対応していけば良いのか? 今できることは何でしょうか?」
個室で話をしたが、涙声で話がしどろもどろになっているのが自分でも分かった。いろいろアドバイスをいただいたが、よく覚えていない。
自席に戻り、「目が腫れて、赤くなっているけど、どうかした?」と隣席の人から言われたが、何も返事はしなかった。就業終了時刻まで、ずっと上の空だった。
千恵ががんと診断されてから、仕事が手に付かなくなった。インターネットでがんを克服した人の体験談や治療法を時間の許す限り検索した。効果があると信じ、ある治療の本を購入した。そこには、
・コーヒー浣腸
・飲尿
・人参ジュース
と書かれていた。他にもいくつか書いてあったが覚えていない。何でも試してみることにした。
千恵は、コーヒー浣腸を嫌がっていた。
「これ、本当にがんに効くの?」
「本に書いてあるんだから、間違いないと思うけど……」
と返答したものの、疑いは少なからずあった。最初に私がやってみた。がんを患った人でなくてもきっと試してみても大丈夫だろうと思った。