女子高は普通科三クラス家政科が二クラスの、一学年五クラス編成でした。私は普通科の進学クラスに所属しました。大学進学が前提のクラスです。長兄は弟や妹の大学進学について、日頃からこだわっていたのです。
自分が貧しい中大学に行っていることで、弟妹に苦労を掛けていると思い、負い目を感じていたのだと思います。
兄は私に「大学に行って色々な体験をして広い視野を持ち、世の中の大きさを知って欲しい」と言っていました。
正直私には生活のことで頭が一杯で何を言っているのか、その時はよく理解できませんでした。
ただ「大学には行った方が良い」と言う事だけは頭に残りました。もちろん母の考えも同じでした。
烏山女子高は町のほぼ中心の山際にあり、学校の入り口は、とても長い坂道を登って行きます。その坂の上に校庭が広がり、山を背負った校舎が何棟も建っていました。
私は、弟と妹を送り出してから登校するので、中学の頃からいつも遅刻すれすれでした。私が登校する頃は、歩いている友達は一人もいません。ひだスカートをひらひらさせながら走って学校の前まで来ると、その長い急斜面の坂道が待っているのです。息を切らせ急ぎ足で上がるのが、毎日大変でした。
女子校のすぐ隣に大きなお寺があります。入学して間もなく生物の先生に連れられ、そのお寺の温室見学に行った時の事です。
珍しい植物が色々ある中で温室中央の特別高い所に、ひと際目立つ花がありました。それは大きなカトレアの花でした。
私は花もその名前も初めてでした。花は一輪でしたが、鮮やかな濃い桃色の花びらの形と、独特の色合いに目が釘づけになりました。その一輪の花だけで、周りの空気まで輝いて見えるのです。
当時身近に見ていたダリアや百日草や桔梗の花とは、別世界の花でした。その時の感動と驚きには、私の前途に明るい予感を抱く想いさえありました。
その時のカトレアの花は真新しいセーラー服姿の女子高生に囲まれて、ひと際眩しくますます高貴な花に見えました。
【前回の記事を読む】特別扱いしないことが特別な優しさだった。中学校最後に貰った通信票には、先生の想いがびっしりと綴られていて…。