オヤジは創業者だ。一代で街の人気料理店になった。代々続いている歴史のある料理店ではない。継いでほしいが「(伝統を重んじて)同じことをやって欲しい」とは思っていないのかもしれない。確かにそう思った。
「店は残す、だが自分の店にしろ」
「あと5年でおれは引退する」、その言葉の裏には、そんなメッセージがあったのかもしれない。
しかし、オヤジは数あるメニューのなか、チャーハンだけは最初からずっと味を変えず、ずっと貫いてきている。他のメニューは常にいろいろと味を変え、試行錯誤を繰り返していた。脱サラして修行している最中、チャーハンの味は早い段階で決まり、これを看板メニューに据えることにしたという。
餃子も焼売も、レバニラも、あんかけ焼きそばも、ワンタンメンも、カニクリームコロッケも、親子丼も、チキンカツカレーも、美味いメニューは数多くある。
それでもそれらをはるかに凌駕する美味さが、チャーハンにはある。その味が創業当時には既に決まっていたというエピソードは、途轍もない重荷として自分の上に圧し掛かっている。料理人ではない元サラリーマンが、何を頼りにそこまでになったのか。
「街の美食家たちを唸らせる味をたった5年で・・・」
奇跡が起きる以外に、これを実現させる手段はないのではないか。いくらかは母親の言葉に救われ、確かに悩みは吹き飛んだが、むしろ、さらに難しい課題となったのではないのか。しばらくこのことばかりが頭の中をグルグルと駆け巡っていた。
いまだに正式にオヤジから「後継者指名」を受けてはいない。そして自分からも名乗り出てもいない。家族の中では「なんとなくそうなるんだろうな」という雰囲気が流れ、一日、また一日が過ぎて行っている。