●第1章-30-

「この味を引き継ぐことがオレに出来るのか」

今の仕事を辞めたくないという気持ちがあるわけではない。充実していて楽しいが、ずっと続けていくという意志があるかと言うと、そこまでではないように思う。ただ、オレが大好きなこのチャーハンの味を自分自身でつくり出すことが出来る自信がない、修行をしてオヤジの引退する5年後に間に合わせることが出来るか・・・。

オヤジがオレを後継者にするべきかと悩んでいた頃、オレはオレで勝手にそんな悩みを抱えていた。

「お父さんのマネをしてもしょうがないんじゃない?」

一発でオレの悩みを吹き飛ばしてくれたのは母親のこの一言だった。その短い言葉の中にはいろいろな含みがあった。

「お父さんの味の再現は本人にしか出来ない」

「お父さんは自分のコピーを作りたいわけではない」

「常連さんたちはお父さんの後継者に同じ味を求めてない」

それらはオレの想像であるとともに、長年連れ添った母親の直感でもあり、オヤジの想いの代弁でもあったのだろう。