「そうですね。支店長さんがお忙しかったからですよ」
「いや、いや、社長さんこそお忙しくて、あまり会社にいらっしゃらないのではないですか」
仕事人間にとって、忙しいというのは仕事師の勲章だと考えている者が多い。お互いに褒めあって、称えあって喜んでいる。忙しいという字は、心を亡ぼすという意味からきているというから滑稽だ。
特に支店長は、自分が毎日忙しく飛び回っているということを松葉に強調しておきたかったのだろう。松葉が本店に太いパイプがあることを知っていたからだ。歴代の支店長の中には、松葉に本部に取り上げてくれるように、頼みこんだ者もいた。
「たまには、支店長さんとゆっくりお話する機会でも作って頂きたいですね」
「私もそう思っています」
「それでは、今週の金曜日あたりはどうですか。ただ、その日に会合が6時ぐらいまでありますので、その後は如何でしょうか」
「私も助かります。6時半ということにいたしましょうか」
「場所は、また私の方から連絡します」
「ところで、ご用件とは5千万円の返済のことではないですか」
「いや、支店長さんびっくりしましたよ。どうしたのですか」