気が動転した。それでも思い切って、ありったけの勇気を振り絞って、彼女を呼び止めた。

「あの、僕とつき合ってほしいんだ。もちろん最初は友達として」

すらすら言葉が出てくるわけがない。やはり語尾が上ずってしまった。

彼女は明らかに不機嫌で、迷惑そうだった。僕を一瞥して、苦々しく言い放った。

「あなたの態度に、女性が好感を持つと思っているの? その卑屈な態度で、あなたはなにか得をすることがあるの?」

あまりの彼女の言葉に、僕は気を失いそうになった。どうやって、店の裏にある部屋まで帰ったのか覚えていない。

僕は二十四歳で、季節は春なのだ。店は人員の拡充で、新人が二人入ってきた。誰かと比べるから、自己嫌悪に陥るのだろう。

ある日、僕より一年近く遅れて入ってきた年下の男より、給料が二万円安いことを知った。悔しいというよりモヤモヤして、モヤモヤしたまま何日も過ごして、眠れぬ夜が続いたので、勤務中ぼうっとして発注ミスを起こしてしまった。

経営者の店長に怒られて、嫌になってタガが外れてしまった。次の日、僕は初めて、ズル休みをした。

人間は一度タガが外れると、軌道修正するのに時間がかかる。まだ若かったので、この頃は給料の金額にこだわったし、自分より経験の浅い人が高い給料を取ることが許せなかった。

今思えば、家族経営の店舗などで働いていたから、些細なことでイライラしたのではないか、若いうちにもう少し条件のよい職場に変わることができたのではないか、という気がする。

狭い店内で、ギスギスした人間関係に嫌気が差していたことがわかったのだろう。

よく店に来る近所の奥さんから、「よかったら、家の仕事を手伝わない? ここより高い給料を約束するわ」と誘われた。