8 奇跡

■2021年11月24日

朝陽とともに私の吐き気とめまいは沈静化した。午前は1週間ぶりに妻を機械式のお風呂に寝た状態で入れて頂いた。

この1カ月間、身体全体の機能が滞り、更にほぼ点滴だけの生活で手足も細くなり、身体がみるみる小さくなった。その後、妻の全身の皮膚がはがれ落ちた。まるで焼けただれた感じで痛々しかった。

夕方からはリハビリ医師が付き添う車椅子移動訓練を再開。車椅子に乗り、入院後初めて個室から出てみた。

私は嬉しくて嬉しくて、「遥かなる宇宙のかなたへ」と妻に話すと、妻は微笑んだ。ゆっくり廊下へ。かつて2人で初めてドライブに出掛けた時のように、妻は嬉しそうだった。

5分かけて目標地点である歩行訓練場へ到着。左脚の機能は停止しているが、まずは右脚の機能を確認してみた。リハビリ医師の手厚い介添えのもと、妻は必死に手すりにしがみついた。3人だけの静まり返った広い部屋にギシギシと手すりはうなった。

まだうまく手すりを持てない妻は、ステンレスの棒を羽交い締めにするがごとく懸命にしがみついた。この悪戦苦闘の末に、私は信じられない光景を見た。

妻は右脚一本でふらふらと立ち上がった。信じられない……。私の頬に涙がつたう。

二度と立てないかもと諦めた時もあった。蘇ってくれたことだけでも奇跡だった。しかし、今まさに右脚1本で立った。涙は止まらない。