【第三章】

6 一切れのおでん

■2021年11月19日

昨晩も深夜零時から妻の両脚が痛み出した。

リハビリの医師から「少しずつ脳の神経を痛みだけの世界からそらしてあげる工夫が必要です」と言われたことを思い出した。深夜病院の外にあるコンビニに走った。

外に出ると寒風が身体に刺さる。温かく消化の良い物を探した。おでんが目に留まった。大根を一個だけ買いすぐに部屋に戻った。激痛と、あまり見えていない視覚障害と孤独感が交錯して妻は泣いていた。

「大根が冷めないうちに少し食べてみようよ」と話しかけると、妻は小さくうなずいた。ほんの一切れだが箸で割り、与えたところ、「こんなに美味しいものが世の中にあったの?」と微笑んで力尽き、眠りに落ちた。

妻は今まで一度もコンビニのおでんを食べたことはなかった。この一切れに痛みを忘れられるほどの幸せを感じる妻を不憫に感じ、また涙が溢れた。

涙はどれだけ流れたら私の身体から尽きるのか? そんなことを考え、自身の精神を保つのが精一杯だった。

7 急低下する血圧との闘い

昼は再び、リハビリの訓練としてベッドを90度に起こしてみた。彼女は上半身が起きるだけで奈落の底に落ちる恐怖を感じ、声にならない声を発した。

前方はリハビリ医師が支え後方は私が支えた。背中の皮や筋肉は1カ月間の入院で固まっていたため、柔軟性を失っていた。左右に倒れそうになる。

医師は冷静だった。即座にストップウォッチをポケットから取り出し、「このふらつきは想定内。厳しい話ですが、この空間認識の努力が大切。体が認識して心臓が血流を激しくさせる。頭部に血液を噴射するから人は座れる。次へとつながる訓練だから耐えましょう」と、初めて語気を強めた。

2分間程度支えたところで骨盤に痛みが生じ、椅子に座ることは断念。そのまま仰向けに戻った。