第一話 クラリネット狂詩曲
「ポーッ」音が出た!
初めてクラリネットから音が出た瞬間を今でも覚えている。
六十歳、それまで音楽とは無縁の生活をしていた。定年退職し、ようやく仕事から解放され、この自由に使える時間をどうしようと思っていた時、クラリネットと出会った。
ある日、夫婦で地元の中学校の演奏会を聴きに行った。女の子がカッコよくクラリネットソロを吹いた。一目惚れ! あ、これやりたい。音楽経験は、学校の音楽の授業だけ。特に音楽が好きというわけでもないし、音痴だし。
それにもかかわらず、次の日ネットで初心者用クラリネットセットを注文してしまった。どんな楽器で、どんな仕組みで音が出るのかも知らず、とにかくやってみたいと思ったのだ。
楽器が届いた。何の知識もないので、同梱されていた説明書を頼りに組み立ててみた。穴やキイがこんなに多いなんて初めて知った。いくつかのパーツを組み立てるだけでも、大汗。
「初心者用セット」にはマウスピースも、リードも、リガチャーもみんなついている。これらは息を吹き込む部分のパーツで、楽器の音色を決めるための要である。
下管とジョイントするコルクの部分にグリスを塗ってはめ込み、何とかクラリネットの組み立て完了。恐る恐る吹いてみる。スーッ。音が抜ける。くわえ方を変えて、もう少し多くの息を入れてみる。音が出た!
滅茶苦茶な指遣いで吹き続けてみると、確実に音が変わっていくのが分かった。後で聞いた話であるが、この段階で音が出るのは珍しいことだと。