第一話 長老の予言

1 纏向(まきむく)の若き皇子

あちらこちらで山桜が薄紅色に咲き誇り、昼間には心地良い東の風が吹き抜けていく季節になってきた。まだ朝はうすら寒い日々が続いている。

若き皇子小碓(おうす)は、日に焼けた褐色の腕でかけ布を払い、東の空が少しずつ茜色に変わっていくのを、寝間に横たわったまま眺めていた。

決して大きな体つきではないが、日ごろ鍛えた上腕や大腿部、さらに両肩、胸郭、腹周りの筋肉が硬く盛り上がっていた。

神々の住まわれている聖なる三輪山から、強い日差しが一条差し込まれてきた。いつも見慣れている光景だが、今日は特に美しく幻想的な朝のひと時だった。

ぼんやりとこれから起こることを考えていた。今日は一体どのようなことが起こるだろう。自分の未来に関して稗田(ひえだ)一族の長老は何と予言するのだろうか。

何と言われようと自分の将来に影響を与えることはないと考えているのだが、若い自分自身が何者であり、これから何をするのか、過去・現在・未来を見通す霊力を持っていることで知られている長老の言葉が気にならないわけはない。

すっかりあたりが明るくなり、皇子の居宅のある向日代纏(まきむくひのしろ)の宮の環濠から少し離れた通りに人の気配がするようになった。簡単な食事をとり身支度を整えた小碓は、そっと居室を出た。

大王の先祖を祀る箸墓と三輪山の方向に深々と礼をした後、居城を警備する衛兵らに気づかれぬよう、秘密の渠暗(あんきょ)を通って外に出ていった。

昨夜から待機していた遊び仲間のトモミと、街から少し離れた苫屋で出会った。彼も稗田一族の出身で、長老から特別可愛がられており、今日の顔合わせをすべて準備してくれたのである。

長老は人里からずっと離れた山奥の洞窟でいつも瞑想にふけり、時に神々から始まるヤマトの歴史を復唱しているとのことである。

三輪山を背にして、長老の住んでいる山に向かっていった。その山はこの地域で最も高く、急な登り坂や、深く流れの激しい谷川、人一人が山肌にへばりつきながら歩く崖道、ほとんど人の足跡のないいわゆる獣道など、起伏に富んだ山道が続いた。

若く逞しい二人の脚力でも、目指す山の麓に着いたとき、太陽はすでに少し西に傾いていた。

長時間の山歩きで、二人とも空腹になってきた。トモミは持参した火打石を取り出し、落ちていた枯れ枝を集め、古い麻布を燻したものを火口(ほぐち)にして火を起こしたのだった。