第二章 偽りの告発
三
寮の食事だって、嘆くほど貧しいものではなかった。ミホが寮の食事を不満に思うほど、いい物を食べて育ったとは思えない。雪の多い山奥の村から出てきた美奈子は、家よりずっといい物が食べられると言ってよろこんでいたし、わたしも同じだった。
なぜミホは、こんなに城屋のことを悪く言うのだろう。なにか恨みでもあるのだろうか。いや、あのミホにいつまでも恨みを抱え込んだり、こんないやがらせをするほどの根気があるとは思えない。
それに、『告壇』はわたしの所にも話を聞きに来たのだから、ミホの話をおかしいと思うはずである。そこからきちんと調べれば、彼女の話が嘘だとわかるはずなのに。
それとも、ミホはとくに嘘をついたわけでもなく、ちょっと不満を漏らしただけなのだが、『告壇』がそのことを、大げさな記事にしたのだろうか。事実など調べもせず、売れるような記事を書いているのだろうか。
そういえば、敬明が気になることを言っていた。『告壇』には関わらない方がいいとか。あの忠告には、なにか深い意味があったのだろうか……。
第三章 望みどおりの人生
一
庭に植えてあるのは金木犀(きんもくせい)だと思っていた。でも咲いた花は白で、銀木犀だった。わたしは銀木犀をはじめて見たが、香りはわたしの家の近所に咲いていた金木犀より、弱いような気がした。わたしはむしょうにふるさとが懐かしくなった。
星炉さんの家は、閑静な住宅街の中にあった。星炉さんの家も、周囲の家も、広い庭があった。そうした環境のせいか、家の中は浮世から完全に離れた、別世界のような静けさがあった。
星炉さんは必要なことしか話さない。ときどき数人の客が訪ねてきて、にぎやかにおしゃべりすることもあったが、それは普段の静けさを、一層際立たせるものだった。
おかげでわたしは、安静に過ごすことができた。事故で傷ついたわたしにとって、静かな環境で、きつくない程度に体を動かして働くことは、いちばんの薬になった。でも、家の静けさとは反対に、世の中は大変なことになっているらしい。
北部は大凶作だった。去年の半分ほどの収穫しかなく、まったく収穫のない村もあるという。多くの農家は困窮し、娘の身売りの話も盛んに出ていた。このままでは多くの餓死者が出る、とも言われていた。
黍良のある南部はほぼ例年並みの収穫だったが、わたしも貧しい農家の娘として、北部の惨状は気になった。将来、自分の身に起きるかもしれないことだった。それに、食料品の値段が上がっているのも気になった。
政治の世界でも、争いがひどくなっているらしい。
落雷事故の少し前、国会議員の選挙があって、そのときはじめて、女も投票できるようになるはずだった。とくに反対もなかったのだが、なにか全然関係ないことで揉(も)めているうちに、いつのまにか、その話も消えてしまった。
選挙が終わって決着したのかと思ったら、争いはさらに激しくなったらしく、軍がクーデターを起こすのではないか、という噂まであった。