其の一
三
骸骨は、「ヤアッ」というような歓声を上げた。そしておずおずと骨だけの指を差し出してその目玉を受け取った。骸骨の指先が触れた瞬間、彼は乾いた温みを感じたような気がした。
それは物置に押しこんであった古い頭部標本に填めこまれていたものだった。夕方ドライブから戻った時、それを思いついて埃だらけの物置から探し出してきたのである。
渋谷医師は固唾を飲んで成り行きを見守った。骸骨は穴蔵の中にひとつずつその目玉を押しこんだ。その様子には怪奇映画染みた不気味さがあったが、彼の頭の中にあるのは上首尾に機能するのか否かという危惧だけだった。
目玉が入る時微かだがコトリと音がして、その度に彼はぴくりと身体を震わせた。骸骨は暫らく白骨の手のひらで両目を押さえていた。沈黙の一秒一秒がひどく長かった。
「どうだい、上手く見えそうかい?」
渋谷医師は首を伸ばして骸骨を見守った。
骸骨はゆっくりと白骨の手を下ろしていった。穴蔵だった眼窩に目玉がぱっちりと納まっていた。骸骨はゆっくりと右を見、左を眺めた。
そして一時手のひらで目頭を押さえると、今度は天井を見上げたり床を見下ろしたりした。深い吐息がその口から漏れた。
「イヤァ、先生、何カラ何マデ心配シテ戴イテ。本当ニオ礼ノ申シヨウモアリマセン」
そう言うとまた吐息をついた。
「コウシテ目玉ガ入ッテミルト、今マデトハマルデ雲泥ノ差デス」
立ち上がって両腕を広げた様子はまるで舞台俳優のようだった。
「ソウ、ツイ先程マデハ‥‥暗闇ノ中ニ居タト申セマショウ」
骸骨はやや暫らくはしゃいでいた。渋谷医師をぎょろ目で見て、「先生、男前デスナ」などと言って胡麻を摺ったりした。硝子製の目玉が入っただけで、骸骨の表情は驚く程活き活きとしたのである。
だが次がいただけなかった。不意に横を向いた時、目玉がロンパリになってぽろりと外れてしまったのである。渋谷医師は思わず手のひらでそれを受けとめた。まるで毀れ物を扱うようにしてそれを差し出すと、半ば独り言のように呟いた。
「目蓋がないからなあ、コンタクトレンズみたいなものなんだろう」
「こんたくとれんず‥‥デスカ?」
こうしてまたもや二人の長談義が始まった。
渋谷医師は煙草を取り出した。そして一本抜き取ると、ふと気がついて骸骨にも勧めてみた。骸骨の方は神妙に押し戴くと鼻の辺りでその薫りを楽しんだ。
「ぴーすデスカ、イイ薫リデスナ」
「おいおい君は煙草を吸ったことがあるのかい?」
シュボッとライターが鳴って、骸骨は悠然と煙を吸いこんだ。渋谷医師は自分で吸うのも忘れてその様子に見入っていた。煙はするすると吸いこまれて空の肋骨の中に溜まった。