この子狂ってる。どうしてそんな発想をするのだろう。

「異論はないですね」

意地でも返事をするもんか。

「そういうことで。以上」

お決まりの締め言葉を言い、千春は駆けていった。

わたしは校舎の壁に寄りかかり、ぼんやりと周囲の風景を眺めていた。四月も半ばを過ぎ、桜の木に瑞々しい若葉が色づいている。すぐ目の前にある葉桜の中に、一枚だけ淡いピンク色の花びらを見つけた。

奇跡的に残っているその花びらは、今にも落ちそうで落ちない。がんばっている。

わたしはまだ、死にたくない。 

千春

金髪姿でまゆ実の自宅前にストーカーのごとく立ち続けたあの夜、わたしはカーテンのすき間から室内の灯りがわずかに漏れていることに気づいた。

ただ、自分が立っている位置から部屋まで距離があったので、まゆ実がどんな表情をしてこちらを見ているのかわからなかったが、それだけで効き目はあったようだ。校舎裏でのまゆ実の動揺ぶりを見ればわかるというもの。

だが、わたしは満足していない。ここは集中的に追い込んでメンタルをズタズタにするほうがよいだろう。そう考え、翌日は一日中まゆ実にまとわりつくことを決めた。

まゆ実の一日の行動パターンは大体把握している。朝、ゴミ出しを担当しているのは、まゆ実だ。

その日は一限目から講義があり、しかもその講義は、出席しないと単位をもらえないという厳しい教授が担当していることは調査済みだ。わたしは逆算してまゆ実が家を出る時間帯を見計らい、張り込むことにした。

と、まゆ実がゴミ袋を持って現れた。わたしは少し離れたところにある電信柱の後ろに隠れ、まゆ実に鋭い視線を向ける。

門扉を出たところで、まゆ実がハッとした表情を見せた。わたしは目に力を入れ、さらに睨みつける。間違いなく、目と目が合った。

その直後、まゆ実は目をそらし、ゴミ袋を持ったまま集積所のほうへ足早に歩いていく。まゆ実が今住んでいる地域は戸別収集でないことも承知済みだ。まゆ実は自宅に引きこもるか、そのまま外へ出るしかないが、思った通りまゆ実は外出を選んだ。単位をもらえないからだ。

まゆ実の後ろを、ほどよい距離を保ちながらわたしも続くが、いったん姿を消す。こうすることで、束の間だけどまゆ実を安心させ、次の行動へと促すのである。

駅のホーム。

わたしは、まゆ実が利用する電車と逆方向の電車を待っているフリをするため、まゆ実とは反対側のホームに移動した。

通勤時間帯なので混雑しているが、遠くからでも金髪はやはり目立つ。わたしと同じような金髪の人が、まゆ実側のホームにいるのが見えた。でもそれは、わたしが意識して金髪の人を探したからだ。

まゆ実をこちらに注意を向けさせるため、わたしは線路を挟んでまゆ実の真正面に立つと、あらかじめ用意していた空き缶をわざと地面に落とした。わずかな時間だが、空き缶特有の甲高い音が響いた。

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