第二話 あなたに会えて幸せだった ~緑谷光司の巻~

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白百合亭で赤星先輩に再会したあの日、「実は相談したいことがあるんですよ~」と恥を忍んで媚びるようにすり寄ったのは、もちろん図書館司書についてである。赤星先輩の父親は町議会議員を務めるなどいわゆる地元の名士で、口利きしてもらえないかと考えたのだ。

そうした外部の有力者からの働きかけがずるいことは承知している。だが、コネを利用して何が悪い。失業中の身の上だけに私は開き直っていた。

すべては家族のために。しかし、赤星先輩の父親がジャワ島に移住したことを知り断念した。うまくいかないものだなあ、と。私は遠方の図書館司書を目指すか、別の仕事を探すべきか、悩んでいた。

そんな気分が落ち込んだときは決まっていくつもの手紙に目を通した。小学五年の頃にしていた文通で、今では読み返すことが習慣になっていた。内容を知られるのが恥ずかしいため家族には内緒である。

居間の押し入れの奥にこれら文通の手紙を詰め込んだ、元は焼き海苔(のり)缶の入った贈答用の大きな箱を見つけたとき、淡い思い出が蘇ってきた。

相手は【名古屋のピョンピョン】。

私は【福岡のモナカ】と名乗った。

きっかけは、新聞の文通コーナー。相手の年齢は十五歳。サバを読んでいなければ私より五歳年上。自己PRに「アイドル好きです。特に吉沼浩二(よしぬまこうじ)のファンです」とあった。

その頃の私は、大泉(おおいずみ)うさこのファンだった。だから惹(ひ)かれるものがあった。私が【福岡のモナカ】というペンネームにしたのは、吉沼浩二のデビュー曲にちなんだのは言うまでもない。【名古屋のピョンピョン】は軽妙な筆致(ひっち)ですぐに返事をくれた。

この文通の良いところは、文通事務局を通じてやりとりするので身元がバレないこと。当然、お互いの本名も知らない。だが私は小学五年ということだけは正直に告げた。あいつはかわいい年下の男の子。ペロリンキャンディーズの歌にあるように、彼女がそう思ってくれたかどうかはわからないが、文通は週一ペースで続いた。