私は心配性だったので簡易書留料金分の切手と、「簡易書留で転送してください」というメモを毎回必ず入れた。簡易書留は原則手渡しなので安心だ。
さらにもうひとつ私がこだわったのは、彼女が知らないと思われる吉沼浩二情報を添えること。例えば「休日は八百屋で新鮮な野菜を買ってきて、それを食べてから街に出かけるらしいよ」といったふうに。
吉沼浩二が出演するテレビやラジオは彼女もチェックしていて、そこから得られる情報を手紙に書いても意味がないと思い、私は雑誌に的を絞った。といっても、彼女が読んでいそうな週刊明星(みょうじょう)や週刊平凡などのアイドル雑誌ではない。大人向けの雑誌だ。
本屋で立ち読みしては吉沼浩二に関する記事を探し、メモをとる日々が続いた。書店の親父に露骨(ろこつ)に嫌な顔をされたけれど。
そうした努力が実ったのか「ありがとう」の言葉の後にハートマークが付くようになった。その事実が嬉しくて「ここだけの話」と純平に話したところ、冷やかされ、クラスのみなが知るところとなった。「さすがマダムキラー」と揶揄(やゆ)され、イラッとした。たちまち学校中に噂が広がり、赤星先輩の耳にも入った。
「お前も水球を始めたらどうだ?」「バク転の練習したほうがいいんじゃないか」などとからかわれる始末。ほっといてくれ。何度そう思ったか。
半年ほど経った頃、別れは突然に訪れた。返事がこなくなったのである。
事故? 重い病気?
それとも……彼女を傷つけることを書いたのだろうか。
やがて私も手紙を書くのをやめた。
それでも【名古屋のピョンピョン】を忘れることはなかった。だから大学進学は名古屋と決めた。初恋の人に会うために。住所は知らないが、文通を交わすうちに所在を匂わせるような文言を引き出すことに成功していた。いつか会う日がくることを信じて。
しかし結局、居所(いどころ)はつかめなかった。あと一歩というところで。彼女が住んでいたと推測される家屋(かおく)には別の人がいたのだ。その人は、前の住人のことは「知らない」と言ったので、近隣の住民に聞き取り調査をした。
「このあたりに、うさこという名前の女性はいませんか?」
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