じいじになった私

妻への一言

このような過去を振り返ると、家庭内の自分の存在価値はどのように家族の心に捉えられていたのか。特に子供目線からこの父親としての点を見られると甚だ自信が持てない。これまで殆ど家庭を振り返り見たことはなかったかもしれない。

休日に車で出かけて、子供を連れての買い物やレジャーに、どこの家庭でも見られる普通なことをやってきたつもりであった。が、肝心要なところが抜け落ちていたように退職後に考えだした。この点を反省の意味を込めて、これから綴りたいと思う。

昨年の退職後より夕食を作り始めた。洗濯も始めた。とりあえずは十か月目に入っている。最初の頃はいつまで続くかと思っていたが、ここまで来てしまった。

それまでは、妻が妻として母親として、一日三回すべての食事を作り、しかも子供が生まれ学校を卒業し、就職した今日のこれまで、何十年もの間ひたすら作り続けてきた。

そのことを当たり前として、作ってくれた食事を食べてきた。がしかし、自分で作り始めたことで、それまで考えもしなかったことが、いろいろと浮かんできだした。

まず、何を作るか決めなければならない。決まったら極めて貧乏性なため食材も安価なものを探す。見切り品の棚、赤札の付いたもの、さらに一品ごとを買い物籠に収めながら概算額を頭に入れ、食材を買い求める。

このことを日々継続しなければならなかったことを考えると、食材は焼くか、煮るか、揚げるか、炒めるか、生のまま、というこの繰り返しを毎日行わなければならない。