しずかの母は、東京の麹町出身。皇族の多くが通う名門幼稚園に通い、小学校から大学までは私立の女子校で過ごした。友人には政治家や官僚のお嬢さんやらがいて、現在は著名な作家の奥様とか、脚本家になった人もいる。
母は女子大を卒業してから働いたこともなく、父とはお見合いで結婚した。自宅で華道を教えていたのでたくさんのお弟子さんがいて、基本的にいつも家にいる人だった。
しずかが学校から帰ってくると、得意のマドレーヌやクッキーなどを焼いていることが多かった。
習い事に行くことはあっても働きに出るという選択肢は彼女にはなかった。母は人生で家賃を払ったことがないので生活費が足りないこともわかっていない。
なので、しずかがパートで働くことが理解できないようだった。お金が足りないから働くという発想がないのである。
母は、祖父と同じくクラシック音楽が好きで、好きな指揮者が海外からが来日するといえば並んでチケットを買ったこともあったという。
家の中にはいつもクラシックのレコードが流れていた。花の香り、お菓子の焼ける匂い、クラシックの音楽……それが実家の空気だった。
【前回の記事を読む】もうすぐ羽田空港に着くと思った途端…急に家や夫のことが思い出され足元がすーっと抜ける感覚に襲われて
次回更新は6月29日(土)、21時の予定です。