阿波踊りと狸
会の開催委員会の人が見え、開催委員長が私に会いたいと言っていると伝えた。開催委員会の委員長に会った。委員長は「今日の阿波踊りのイベントが上手くいったのは全てあなたのアイデアによるものです。有り難うございました」礼を言った。
委員長は私の方へ手を差し伸べた。その腕は細く茶色い毛が生えていた。手は小さかった。委員長は片目をつむり、にこっとして私の手を握り「チョットだけよ」と言った。私は「チョットだけね」と言って握り返した。
タクシードライバー
私は42年間の開業医をやめて、その後八王子市にある病院に週1回勤務しています。自宅のある吉祥寺駅から八王子駅まで約35分、八王子駅から病院までタクシーで30分掛かります。
朝、8時過ぎに八王子駅に着くと、すぐタクシーに乗りますが雨が降っていない限りタクシーを待つことはなく、車は次から次へと来ます。冬の朝、タクシーに乗りました。車内は暖房が効いていて快適で、窓から差し込む太陽の光も車の中を暖めてくれました。
しかし、タクシーに乗った瞬間車内の異臭に気付きました。異臭は犬のようでした。
私がクンクンと匂いを確かめると、運転手は「何か臭いますか。前に乗ったお客さんの連れていたのは死期の迫った大型犬で動物病院まで運びましたが少し臭かったです。相済みません。窓を開けていたのですが臭いが残りました」と言います。
「それは仕方がないですね。それよりも、死にかかった動物からは蚤が逃げ出します。座席が蚤だらけということはないですよね。飼っていた猫が死んだ時、猫の体に付いていた蚤が1匹残らず私の脚に移動してきてひどい目に遭ったことがあるのです」
「犬の飼い主の方は、上品な老婦人で犬の世話を良くされていて、犬はとても清潔でした。死ぬ間際の猫から大量の蚤が逃げ出したのは、普段から風呂に入れてなかったのでしょう」と運転手。言いにくいことを随分はっきりと言います。
確かに、1度も風呂に入れたことはありませんでした。風呂に入れようとすると逃げ回るので入れなかっただけです。猫が悪いのです。
私は通勤の10分から或いはそれ以上の時間をタクシーの中で寝ることを習慣付けています。短い時間ですが一眠りすると頭の中がすっきりし午前中の診療がスムーズにいくからです。
どれくらいの時間寝たのでしょうか。私は、夢を見ていました。父と一緒に林の中を歩いていました。太平洋戦争の最中で、ワラビでもゼンマイでも何か食べられる物を探しに行ったのです。