翌日、夫は仕事を休んで家で寝ていたが、しずかはパートに出かけた。替わったばかりの職場でシフトの変更をお願いするのは気が引けるし、家でじっとしているのは耐えられなかった。めまいはしていたが、外に出たほうが楽だった。

なんとか一日の仕事を終えようとしたころ、新たな書類が回ってきた。初めて見る書類だったので、端末の入力の仕方がわからなかった。

しずかはもう退社する時間だったので、傍にいた治子にお願いして帰ろうとした。彼女は、不思議なものを見るような目でしずかを見て、「わからないなら今からやってみましょう」とパソコンの前にしずかを座らせた。

「はーい。じゃ、まず初めからやってみましょうね」と、子どもをあやすように言う。しずかは夫が家で寝込んでいるから帰りたい、と言えなかった。なぜ、今、一から教えようとするのか、この女は嫌がらせをしているのか、と思うと猛烈に腹が立ってきた。

しずかは怒りが頂点に達すると涙が出てしまうのだった。口では反撃ができず、ただぼろぼろと涙を流して治子をにらみつけた。

びっくりした治子は、「え? 何? 帰りたいの? 何か用事があるの?」と聞く。私が主婦だから残業はできないのはわかっているはず。それも今日に限って、と思うと怒りがおさまらず涙も止まらなかった。

しずかがあまりに泣いているので、周りの人たちがびっくりして助け船を出してくれ、その日は帰っていいことになった。

しかし、散々泣いたらいろいろたまっていたものが流れたのか少しだけすっきりした。治子は後輩いじめで有名だったので、しずかが帰ったあと、上司にとがめられたらしい。

それ以来なんとなく気まずくなってこの職場も居心地がよい場所ではなくなった。なるべく一人でお弁当を食べるようにして、周りの人たちとの間に壁を作った。派遣のおばさんはどこへ行っても扱いづらいのである。

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次回更新は6月21日(金)、21時の予定です。

 

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