お嬢様の崩壊
実家の母はお料理教室に通って、習ってきた料理をよく作ってくれた。
「今日習ってきたビーフシチューよ」
「今日は餃子の皮を一から作ったのよ」
皮から作った餃子を百個ぐらい並べて微笑んでいた母の姿が懐かしい。そして、誰かの誕生日や、両親の結婚記念日など何かあると都内の一流ホテルで食事をした。
六本木の会員制のレストランにもよく行っていたし、父の好きなチーズフォンデュのお店にも何度も連れていってくれた。
しずかも自分の子どもたちにはそういうことをしてやりたかったのに、夫は外食を好まない。ということはつまり、一年中しずかが作るということなのだ。
毎日毎日メニューを考えるのが憂鬱で仕方がなかった。結婚記念日も、誕生日も、外のお店でお祝いしたことがない。
しずかが自分で考えておしゃれなごちそうを作ったり食卓に花を飾ったりしても、夫は何も言わなければ気づかないので張り合いもない。
ママ友たちが教えてくれるメニューは、お金をかけずに安い食材でさっと作れるものが多くて助かるのだった。
ある会合で、しずかはカリスマ料理研究家の本を見て作ったスモークサーモンや海老などをふんだんに使った洒落たオードブルを持っていったら「え?」とその場の空気が一瞬止まり、「さすがお宅はお金の使い方が違うのね」と言われた。
また、子どもたちが小さいころに、何家族かでバーベキューをしたときに、しずかの夫が買ってきた海老や帆立などの食材も高級すぎたと、いまだに語り草になっているのが嫌だった。