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翌月、しずかは派遣会社から新たに紹介された池袋の職場に通勤していた。やはり人込みを歩いて職場に向かうのは憂鬱だったが、家の近くでは働きたくなかった。電車に乗ってスーツにパンプスで通勤することがせめてもの意地だった。
若いころには丸の内のOLだったけれど、そのころはブランドのバッグをたくさん持っていたし、デパートで服を買っていた。
だが今は通販や生協で安価な服を買っている。それでも、きちっとした格好をして電車に乗って仕事に行きたかった。
仕事は事務だったけれど、アルバイトよりも派遣のほうが時給はよい。今度の仕事は電話と接客だった。お客様に「いらっしゃいませ」と言わなければならない。
実家の父はいまだに江戸時代の士農工商という身分制度が頭の片隅にある人で、『商』つまりサービス業を下に見ていた。
なぜなら父の先祖は武士であったらしいからで、家の和室の床の間には日本刀や本物の鎧兜が鎮座していた。しずかは小さいころからその鎧が怖くて仕方がなかった。
大卒で就職活動するときにも商売はだめだと言われたのだった。母も母で代々医者の家で育った人なので、小学校の役員などで商売をしている親御さんと一緒に仕事をすることを嫌がった。
でも仕方がない。今や仕事を選べる歳ではないのである。
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次回更新は6月20日(水)、21時の予定です。