麗奈はまた考えるそぶりを見せた。俯いた角度でその鼻の筋がぼんやりと浮かび上がっている。

「特には。今年から担任を持ったということは聞いていました。トラブルらしいものは特に聞いていません。あ」

「どうかされましたか」

「いえ」

ごまかすように口元に手を当て、視線が泳いだ。何か知っているなと確信する。

「何かあったんですね」

「ひとつ、気になることがありました」

藤堂は口を挟まずに麗奈の言葉を待った。

「えっと、担任で持ったクラスの中に扱いの難しそうな子がいると」

「それは、どういう」

「どうやら家庭環境が複雑らしくて、どうアプローチすればいいか分からないと言っていました」

「名前とか聞いていますか」

「まさか、夫は職務を全うする人です。個人情報を漏らす人ではありません」

「では、ご存知ない?」

麗奈は瞳を揺らす。葛藤が透けて見える。背中を押してやるか。

「旦那さんのためでもあります」

「そうですよね。実は夫がうっかり名前を言ってしまって、私も忘れようと思ったんですが。翼君と言うらしいです。入学式の時の写真を見たことがあります。きっともう燃えてしまっているでしょうけれど」

藤堂と行沢は顔を見合わせた。先程聞いた名前ではないか。聞きたいことを一通り調べると藤堂はここも他の警官に任せて行沢とともに野口先生が働いている学校に向かうことにした。

ツキシマツバサの正体に近づけるかもしれない。学校にはすでに数名の刑事が向かっているが、人手も足りないだろう。月島のことを土産話にくれてやるのを想像すると、思わず頬が緩んだ。

 

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