第二章

一年一組

下関駅の近くは特ににぎわっていて、ショッピングモールやもう少し歩けば僕の好きだった水族館がある。僕は働かない頭で関門海峡の方向へ足を延ばしていた。潮風に導かれるように歩いていく。横断歩道を渡ると視界が開けて、狭いところで一キロにも満たない海を大きな貨物船が窮屈そうに流れていく。関門海峡だ。

左手には青空に映える真っ白な橋が対岸に架けられていて、対岸の北九州市門司区に繋がっている。関門橋である。僕には白く見えるあの橋は、母には緑がかった灰色に見えたらしい。本当は何色なのか答え合わせをしないまま時間が過ぎてしまった。

対岸にはレンガ造りの建物が見える。門司港だ。大正明治のモダンな街並みが残されている。観光地としての店も多く、ただ歩いているだけでも楽しい。

そんな街を横目に僕はウッドデッキを歩いていく。魚の匂いが鼻につく。市場が近いのだ。久しぶりの感覚に嬉しくなる。気が付くと水族館に着いていた。この水族館には小学生の時に社会見学できていた。宮園も一緒だった。

僕は苦笑いした。宮園のことを忘れようと思って傷心旅行のつもりだったのに、これじゃまるで忘れられない。それに先日一緒に歩いた道に宮園の姿を探している。失敗だった。角島にしておけばよかった。

今からでも向かえば海が見られるだろうか。手の甲に何かが落ちる感覚がした。見ると水滴がついていた。周りは開けていて水が垂れてくるような建造物は見当たらない。見上げると空が鈍色になっていた。地面に視線を落とすとアスファルトが斑模様に水を吸っていた。雨が降り出したのだ。

途端にカバンに入れていたスマホが鳴った。叔母さんからの電話だった。僕は何かあったのかと思いながら電話を取った。

「翼、今どこにいる?」

叔母さんは切羽詰まったような声で尋ねてきた。

「今下関にいるよ」

「そう、なら今すぐ学校に戻れる?」

「急だね。何かあったの?」

「それが学校から連絡があったんだけど」

学校に提出した緊急連絡先には叔母の携帯電話を登録していたことを思い出す。

「あんたの学校の先生が」

「先生?」

「先生が、火事に巻き込まれたらしいの」

僕は耳を疑った。火事。疑問符が頭の中を埋め尽くして、何を言葉にすればいいのか分からなくなった。

「先生って」

「あんたの担任の野口先生」

野口先生。一瞬そんな名前の先生なんかいたっけかなと首を傾げたがすぐに誰か思い出した。

「樹が?」 とりあえず駅に戻ろうと狼狽えた末に先日秋吉と歩いた道に出ていた。道の先に樹先生の幻を見た気がした。