朝陽が東の空をオレンジ色に染める。私は、市役所前に来ていた。先日起きた建設現場での事故について、市は今後の対策も説明しないまま、工事の再開を始めた。

本来なら、現場の最高責任者である田原市長が、事故の原因と今後の対策を説明する責任がある。しかし、説明する場に現れたのは、秘書公聴課の職員だった。

その職員は、「人為的な事故ではなく、偶然起きた事故であるため、今後も安全面に気をつけながら、工事の再開を行うと、市長が申しておりました」と話した。私は、納得できなかった。

人為的なミスが無かったにしても、負傷した作業員の家族に対しての謝罪や事故の保障について、最高責任者から説明があってもいいはずだ。スーツパンツに左手を突っ込んだまま、田原市長がハイヤーから降りてきた。

「どうして、最高責任者の市長からの説明がないのでしょうか? 事故で負傷した作業員とその家族への保障は、どうお考えですか? 『市長の任期が終わるまでに完成させるよう、市長が作業を急がせたことが原因ではないか』と現場の作業員が言っていましたが、本当なのでしょうか?」

彼は、私の方をちらっと見て「チィッ」と舌打ちだけして、通り過ぎていった。

下手に発言して、揚げ足を取られるのを避けているのだ。私は、怒りを通り越して、不憫に思えた。

歌を忘れたカナリヤは、ただの鳥だ。彼はもう歌うことを忘れてしまったのだ。青臭いと言われながらも『真の言葉』で立ち向かう気概が彼にも以前はあったはずなのに──。

彼の乗るエレベーターの厚い扉が閉ざされていくのを、私はただ見つめていた。

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