「返事は、いつでもいいから、少し考えてみて」と、さやかさん。

「分かった。考えてみるね」と、言って、私はさやかさんの淹れたコーヒーを一口飲んだ。いつ来ても、おいしいコーヒーを淹れてくれるさやかさんの職場なら転職先として申し分ないなと、残りのコーヒーを飲みながら考える。

記者として、今が潮時なのかもしれない。あちこち足を運んでは、取材を繰り返し、会社に戻ってからは、原稿を書いて編集作業。もうすぐ四十の私には、体力的に結構、堪(こた)える。

次の日、私は、「退職願」を出した。編集長は、「去る者は追わず」と言ってすんなり受理してくれた。だけど、人事部から戻ってきた編集長の態度は、少し変だった。「今日は、早く帰って休め」だったり「エステの割引券を得意先からもらったから、使ってくれ」など。やけに私の体の心配をしてくる。

きっと、退職願を撤回するよう、やんわりと誘導しろと、人事部に言われたのかもしれない。そして、仕事の引継ぎを兼ねて、二十代後半の久弥(ひさや)くんを一か月間で一人前の記者として育ててほしいと頼まれた。

編集長は、私を辞めさせないようにしながらも、若手の久弥くんと自分を天秤に掛けた。まったく、したたかな人だ。

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建設中のゴルフ場兼複合施設で、事故が起きた。作業員が機材の下敷きになり病院へ搬送された。作業員は、奇跡的に一命を取り留めた。だが、頚椎に損傷があり、首から下が動かなくなった。市は、その責任を問われ、建設は一時中止となった。