一章 自我が目覚めるお年頃
九 みかどデビュー
「夜泣きは、ちょっとの間だけよ。町のみんなが少し我慢すればいいの。それが思いやりだよ。だからアンタたち、さっさと寝なさい」
「……大人の世界って我慢なんだねぇ」と妹と言いながら、私たちは眠りにつきました。
翌日学校から戻ると、赤ちゃんがうちの座布団の上で寝ていました。驚いている私に、涼しい顔で母は「預かったんだよ」と言いました。夕方になると、若いお母さんが赤ちゃんを迎えに来ました。
母はニコニコしながら、若いお母さんに「少しは寝られた?」と尋ねました。
「おばさん……お陰さまで一ヶ月分寝た感じがしたし、スッキリしたわ!」
「寝るとおっぱいもたくさん出るからいいのよ」
赤ちゃんが目を覚まし、母親に抱きかかえられ、「ごっくん、ごっくん」と勢いよくおっぱいを飲み始めました。
「いましばらくは、近所の人たちに甘えてもいいんだからね。夜泣きぐらい気にしないでいいのよ。もし、夜泣きで文句を言う人がいたら、『赤ちゃんは泣くのがお仕事ですよ』って言ってあげるからね」
「うちのお母さんは、優しく言うから安心して」と私が言葉を添えると、若いお母さんは「おばさん、頼もしいわ……」と呟きました。
ここ一ヶ月、この子が夜泣きするたび、オロオロしていたそうです。泣きやんでほしいと願えば願うほど大きな声で泣き、精神的に追いつめられていたようです。
「うちの前に住んでいる武田さんのおじいちゃんが今朝、嬉しいこと言ってくれたのよ。『お国の宝を産んでくれてありがとう、夜泣きぐらい気にしない、気にしない』って……。涙が出そうになっちゃったわ。まるで親戚のおじちゃんみたいね」
「それはよかったわね……武田さんは戦争で、本当に苦労されたお方なんだよね」何度も頷きながら、感極まった若いお母さんは指で涙を拭っていました。
「ところで、旦那さん、今日は帰ってくるの?」
「今日は夜勤なんです」
「じゃあ、晩ごはん、うちで食べて行きなさいよ」