男はくるりと振り向くと、庭全体を指し示すように、片手を上げた。
「実際、作業は明日から始めますが、丈の高い樹木もあるし、剪定だけではなくて、ある程度、簡単な造園作業もして良いということなので、たぶん何日間かは、かかるでしょう」
「あの欅の樹なんて、どうするんだい。ずいぶん大きいじゃないか。梯子でも使うのかい」
マス江は太い腰のあたりをポリポリと掻きながら、顎をしゃくった。
「もちろん、実際の作業の際には、梯子や脚立、ロープも使いますが」
庭師は少し前に進んで、葡萄の蔓を握って、くるくると指に絡ませた。
「この程度の樹であるならば」
彼は真上を睨み、大きく呼吸し、「いくらでも……」と言って、次の瞬間には鉄棒にでも飛びつくように、身を翻した。そしてあれよあれよという間に、交錯している枝の褐色の暗がりをくぐり抜けていった。女たちはあっけにとられた。
「ちょっとウォーミングアップ」
すでに彼の体は、薄暗い欅の樹の真ん中に潜り込んでいる。彼は少し呼吸を荒くして、「こうやって」と言いながら、南側の二つの建物の角をふさいでいる欅の樹木の股に、移動した。
「作業することができます」
四人はぽかんとした顔で、すでに数メートル程は高いところから彼女たちを見下ろして、腰の埃を払いながら笑っている庭師を眺め、言葉を失っていた。
「親方には内緒だけど。私は以前、フリークライミング、いわゆるボルダリングをちょっと、齧っていたんでね。知り合いにもそっちのセミプロがいる。彼は外人ですけどね。アメリカの都市のけっこう高いビルを登攀しちゃう。……今日は久しぶりに、体慣らしだ。まあ、小手調べです」
庭師は暗い木の股の上で、足を開いてとなりの枝に伝っていくと、白い歯を見せて笑った。
「危ないわよ、あんた。いくら本職でも」
口元にハンカチを押し付けながら、睦子ママが顔を歪めて言った。
「まるで、お猿さんみたいな男だねえ」とマス江。
彩香は見ているのが恐いのか、両手で目を覆って、その隙間から覗いていた。
「ちッ。スタンドプレイの好きな奴。非常識といってもいいわ」
黒崎耀子は、含み笑いをしながら、眩しそうに見上げていた。「なァにが、エデンの園以来、庭と魂は深い関係があるよ。――ひょっとして、相当な、お馬鹿かも」
耀子は庭師の外見だけは、一応は評価したものの、内心、いささか小馬鹿にしていた。
彼女は薄く目を閉じ、外人がよくそうするように、両手を開いて、肩を聳やかし、せせら笑うように頭を振った。
【前回の記事を読む】庭師というので、初老の職人を想像していたが、日本人離れしたイケメンの庭師が来て……