奈良編

古き仏を訪ねて 2015年10月13日(火)~ 15日(木)

10月14日

薬師寺(やくしじ)

今晩の宿は西ノ京駅から遠かった。日が暮れた暗い道を宿に向かった。一日でたくさんの仏像を拝見したせいか、正直言って印象に残っているものは少ない。しかし、感銘を受けたものを二つ挙げる。

まず唐招提寺金堂の仏像群である。

中でも際立つのは盧舎那仏と千手観音菩薩。盧舎那仏は千仏をあしらった光背(こうはい)を広げ、千手観音は無数の手を張り出す。地味だが荘厳(そうごん)な金堂がそれらを引き立たせ、ともにどっしりとした重量感がある。また、古い仏ゆえ、まだらに残るくすんだ金箔が重厚さを増している。

五木寛之は『百寺巡礼 第一巻 奈良』で、薬師寺の東塔を引き合いにしてこう語っている。

〈私たちはお寺の伽藍や仏像のように古いものを見るとき、その〈古さ〉を愛でる傾向がある。むしろ、その〈古さ〉に価値を見出そうとする。その反面、それがつくられた当時の華やかな面影や、ある種のけぱけばしさを想像することは少ない〉

そして〈いまの私たちが、色あせて古びたものをいいと感じるのはかまわない。ただし、それは東塔に対する本当の評価ではない。本来は、あの東塔がつくられた当初のすがたや色彩から、その時代の人びとの感性を考えるべきだろう〉と。

五木寛之が提起することはそれはそれでよく分かる。しかし、私はどうしても派手な金箔の仏像より古びて金箔が剥は げた仏像に有り難さを感じてしまう。

もう一つは法隆寺四天王である。

今日は唐招提寺や薬師寺の四天王も拝観したし、明日は東大寺戒壇院の四天王も楽しみにしている。四天王といえば甲冑(かっちゅう)をまとい、仏法を護る武神で、邪鬼を踏みつけ荒々しい。が、この法隆寺の日本最古の四天王は静かで怖くない。邪鬼も写実的ではなくどこか素朴である。こんな四天王は初めて見た。

かつて朝日新聞土曜版に連載された「奈良には 古き仏たち」の筆者の一人、岸根一正は法隆寺金堂の四天王についてこう書く。

〈日本最古の四天王は物静かである。目をひんむいたり眉間をしかめたりしないで、ひたすら直立する。とても外敵を懲らし追っ払う戦闘態勢の武神には見えない〉。

ただ、ベルリンの博物館で明治中期に模刻された増長天を見て、〈私は自分の美意識の低さにすっかり意気消沈した。…… 怖くない姿は宮廷儀仗兵(ぎじょうへい)や衛兵に見えてきた。平時の護法神としてはこの方がふさわしいとも思える〉と結んでいる。