スイスとの国境にまたがるマッジョーレ湖(ラーゴ・マッジョーレ。ラーゴは〝湖〟の意味)の畔(ほとり)の町、ストレーザまではミラノからだと車で一時間、電車でも(もし時間通り運行していると仮定して――なぜならイタリアの国鉄の時刻表は全く当てにならない)一時間程度の距離にある。
先生の別荘はそのストレーザから車で二十分の、隣町のバヴェーノというコムーネの小高い丘の上にある。
家は斜面に建っていて、前庭からマッジョーレ湖へ向かって視界を遮るものがないので、道路から見上げると白亜の館はとても美しく、インテリア雑誌から抜け出たようにおしゃれだ。
別荘の建物はそんなに新しくはないが、湖に面したテラスはスペインのムーア朝風で、丸いアーチに縁どられ、エレガントである。ベランダからは朝日にまばゆい湖と、湖の対岸へのフェリーの行き来が見下ろせる絶好のロケーションにあった。
ミラノのお宅とは違って別荘は明るく開放的で、夏の住まいにふさわしかった。三階建ての共同住宅(パラッツォ――直訳すると〝宮殿〟だが、イタリアではアパート形式の建物をこう呼ぶ)で、各階に一戸ずつ、先生の家は日本風に言えば一階(イタリアだと地階)にあり、すぐ前が庭になっていて、広々と視界が開けている。
庭にはアガパンサスの紫色の花が咲き乱れ、リンゴの木に小さなリンゴが実り、独立した一軒家のような趣があった。残念ながらリンゴは小さくて甘みに乏しく、食べるのには適さない。
広い居間と寝室が三つあり、居間は白いラタンの応接セットに水色の花模様のファブリックのクッションで統一されて、いかにも夏らしい季節感があった。カーテンもお揃いの布地だ。
メイン・バスルームはゴージャスで、貴婦人の化粧室みたいにアールデコ調のステンドグラスに彩られ、湯船は一段高く、泡風呂になっている。その他にシャワールームが二つある。
日本では億の付くマンションでも大抵はバスルームが一つだが、イタリアの家は部屋ごとにバスまたはシャワールームがあるのが普通である。
各部屋は庭の緑に縁どられて明るく、涼しい風が入ってくる。先生のミラノの自宅にはスタインウェイのグランドピアノを置いているが、この家の居間には日本製のグランドピアノが置いてあった。
でも先生の弟子たちの多くは、夏はバカンスに出掛けている。夏の間先生の傍にいるのは家が遠くて帰れない私くらいのものだ。
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