という主に、同業者と知った担当医はいったん主に部屋の外で待つように伝え、その間にやりくりをしてくれたのであろう、三月十七日から二泊三日の入院検査の予約を組み入れてくれた。

やれやれ、それでもほぼ一か月待ちか。でもまー早めてくれただけ感謝しなくっちゃーと、主を慰めたものだ。そして今日十八日、病態が明らかになったというわけだ。さて、【知らぬが佛】さん、そろそろお前様は休みなさい。これからはわしが仕切る』

『お言葉に甘えて休ませてもらうよ。あとはどうかよろしく』

君は【二人の佛】のおしゃべりを聞きながら、診療担当科の素早いバトンタッチに感謝するとともに、検査入院が、そのまま入院治療につながった幸運と、人間ドックをA病院の付属施設を選んだ選択肢が正しかった結果の幸運とを、しみじみと噛みしめていた。

その夜、夢路の中で君は、【二人の佛】の頭上に、幸運の飛天が舞うのを見たような気がした。

二○二○年三月十九日

朝方四時をまわれば、病室の窓の薄いカーテンを通す明かりは夜明けを告げる。日常的な感覚ではいられない者にとっては目覚めは早い。君は六時には洗面を終え、平常の朝の行事を行った。

行事とは、書斎の父の遺品である本棚の上に安置してある佛壇と神棚(一度目の手術後、動けばすぐ便意を催す後遺症に悩まされながら座ったままで、日曜大工センターで購入した板切れで作成した自前のもの)に向かい、まずは三帰礼文を唱え、真言の陀羅尼に続いて両親の戒名を二唱し、次に南無阿弥陀佛を唱えて美瑛子の両親の戒名を二唱したあと、家族一人一人の名を呼んで加護を願い、続けて自らを勇気づける言葉を心に呼びかけ、最後に般若心経と禅宗の陀羅尼を唱え、神棚へ二礼二拍手一拝して終える、いわば勤行に似た日常事だ。

君は病室で、眼裏に佛壇と神棚を描きつつ日常事を済ませたあと、窓外に目を移すと、面前に林立する高層ビルが次々に、朝光を受けて浮きたつ景色に誘われるように、君の頭の中は様々な想いが駆け抜けていった。

想いとは、現在の環境と関係がある何かの事象がきっかけとなって、それに関連した過去の事象が、電光の速さで現れそして去っていく。時系列とは全く関係はない。つまり過去は現在の事象と重層して数秒で湧き・去る想念である。

君はこの心的現象を[一念三千]に譬(たと)えている。今回二度目の癌との闘病中、君は追憶を軸としたこの譬えを、平常とは比べられないほど、幾たびかなぞることになる。

病院で二夜明けて君は真っ先に、昨日までの状況を電話で美瑛子に告げ、小山先生と心友の宮田さんに入院の次第を知らせる依頼も併せた。

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